2024-10-03
七日目の九月十六日、詰め掛ける客の、何十人にも断りを入れねばならなかった。 文耕は、この日、山場のひとつである立者百姓による老中酒井左衛門尉への駕籠訴の場面を語った。 「今宵は、ここまで」と文耕が宣すると、奉行所の同心が「誰も、動くんじゃねぇ!」、「馬場文耕、他家の内実をみだりに流布してはならぬというお達しがあるにもかかわらず、書本(かきほん)に記し配り、講釈するに及んでは、そのまま捨て置くことはできぬ。縄につけ!」 中入りに籤引きで手にした冊子もすべて、小者に差し出させた。 文耕は、これから夜の飯を食うことになっている、少し待ってくれ。刃向かいもせずお縄につこうというのだ。そのくらいは許してもらおうか」 「早くしろ」 二階で、井筒屋のおかみが用意した膳につき、白身の刺身を肴に酒を銚子で一本飲んだあと、飯を湯漬けにして、香の物と食べた。 側にいた源吉に、松島町の長屋の書き物のすべてを燃やすことを指示し、階段を下りると、苛立たしげに待っていた同心に向かって言った。 「参ろうか」
セ記事を書く
セコメントをする