神・仏合体。 熊野三山の熊野那智大社、門のところに青岸渡寺があり、仁王の裏に狛犬。 神仏習合。 寺と神社が、一体としてつながっている。 那智の滝は、神そのもの、しぶきと岩肌に千手観音の形。 神仏習合は、千年以上、普通に行われてきた。
吉田一彦教授は、平安時代末、本地垂迹説が出来る。 本地は仏、垂迹は仮の姿(神)。 神は、実は仏様なのである。 習合は、仏教の文化、両者はウィンウィンの関係。 神様は土地に縛られなくなって、分社が全国に展開する文化が、1100年くらい続いた。 明治になって分離したが、人々の心の中では分離しなかった。
磯田道史さんは、1212年鴨長明の『方丈記』「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」という無常観。 日本三大随筆の一つ、世界的にすごい哲学。 京都の南、日野、1155〜1216年、3m四方の方丈庵に暮らす。 1177年安元の大火、1181年養和の飢饉、1185年元暦の大地震が起こり、無常を感じた。 「その主と栖(すみか)と、無常を争うさま、いはば朝顔の露にことならず」「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまるためしなし。世の中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし。」 諸行は無常である、というのが仏教の根本。 無常感が、現実肯定を生む。 あきらめの中の、ポジティブ。
903年、菅原道真死去。 怨霊から、善神となって、947年、北野天満宮に祀られる。 立教大学の滝口正哉教授、神のルーツは江戸時代、百万都市江戸の賑わい、浅草寺は神仏のデパートで、境内に100以上ある。 かんかん地蔵(銭塚地蔵堂)は大日如来。 新宿、太宗寺の奪衣婆。 富士塚は200もある。 経済活動が活発になり、祈りのバリエーションが増えて、娯楽化、エンタメ化した。 葛飾区南蔵院の「しばられ地蔵」、大岡越前守の物語に始まる。 流行り神だらけ、楽しくなければ、信心じゃない。 実は、江戸時代も災害が多かった。 祈りの力は、医学でも働く、と山中伸弥さん。
陸前高田市は東日本大震災で、1800人超す死者、行方不明者を出した。 海岸山普門寺熊谷光洋住職のところに、全国から仏像が送られて来る、千体仏、マリア様まで、宗派を超えて…。 それぞれの人が、五百羅漢を彫ることで、ゆっくり立ちどまって考える。 気仙沼市岩井崎「龍の松」、津波で大きな被害を受けた松だが、大きく幹と折れた枝が、まるで龍の姿に見える。 磯田道史さんは、「幸(さきは)ふ」、先にはってのびてゆくのが幸い、祈ることだ、と。 タモリは、天に祈るのは、宗教じゃない、と。
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