詩人たちの言葉
2008-03-01


 『荒地の恋』を書いたねじめ正一さんも、詩人だ。 北村太郎の詩集や本の 題名、あるいは詩語を、各章の題に選んでいる。 そこに北村の詩からの、短 い引用がある。 題も引用も、そのどれもが見事な選択で、物語の流れを暗示 している。

 序章「終りのない始まり」、「たしかに、それは、/スイートな、スイートな、 終りのない始まりでした。」 「あかつき闇」の章、「あなたは偏狭になりなが ら次第に/魅惑を増してゆく不思議な人だ。」 「冬へ」の章、「ぼくは、とど のつまり、何になるのか」 「犬の時代」の章、「なんと遠くへ来たことか/冬 の山林/小道をゆっくり登ってゆく/一個の骸骨」 終章「すてきな人生」、「モ ノをほしがる物欲、のほかに/ココロをほしがる心欲、まで持っているから/ ヒトは怪物、なのだ」

 物語の中で使われる、北村や田村隆一や鮎川信夫の言葉や、詩の一部分も、 さすがの光を放っている。 当然ながら、ねじめ正一さん自身の語りも、磨か れ、研ぎ澄まされている。

 日本を代表する現代詩人、ウイスキーのテレビコマーシャルにも出たダンデ ィ詩人、生ける詩神(ミューズ)、田村隆一は詩のためだけに生きている男であ る。 「言葉なんか覚えるんじゃなかった」と、うたった。

 「詩をかくこと、それは家族持ちの会社員松村文雄に許されたささやかな道 楽だったのだ。/しかし詩は道楽から生まれない。」(76頁)

 「分別をなくすとは何と楽しいことだろう、と北村は思った。」(79頁)

 思い巡らす道筋が、おそらく日常なのだ。 「家庭を持つということは何か について思い巡らす道筋を持つということで、その道筋があるから家庭はバラ バラにならずに済んでいるのだ。北村はその道筋から横道にそれた。」(123頁)

 「だがしかし、生きていくということはそれ自体が筋の通らないことだとも 言えた。」(154頁)

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