「福沢諭吉は慶應2(1866)年6月下旬に『西洋事情』初編を脱稿、初冬に 刊行した。 世に広く読まれて、攘夷から開国への転換期に、多大の感化を与 えた」と書いた『西洋事情』だが、刊行以前に写本の形で読まれていたらしい ことが、いろいろの文献によって立証できるという。 写本『西洋事情』は、 『福澤諭吉全集』第19巻176頁からに収録されている。 「国政」を扱った 冒頭、ヨーロッパで文明の政治といえるものは左の六ヶ条を兼備しているとし て、意訳すれば、(1)任意…国民各々その好むところを為すことができ、法律 に縛られないことをいう。 (2)的確…国民は法を頼りにして、不意の患い のないことをいう。 (3)信教…宗門を信じて固いことをいう。 (4)教養 …人才を育てることをいう。 (5)形体亨福…人民に飢寒の患いのないこと をいう。 (6)文学技術、を挙げている。
平山洋さんは、その著『福澤諭吉』(ミネルヴァ書房・2008年)の副題を「文 明の政治は六つの要訣あり」とした。 この文明政治の六条件、文明国の定義 について、以後の諭吉にいささかもぶれが生じることはなかった、という。 平 山さんの解説的表現では、こうなる。 (1)自由を尊重して法律は寛容を旨 とすること。 (2)信教の自由を保障すること。 (3)科学技術を奨励する こと。 (4)学校を建設して教育制度を整備すること。 (5)法律による安 定した政治体制のもとで産業を振興すること。 (6)福祉を充実させて貧民 を救済すること。 この六つの条件が満たされている国を文明国と呼ぶ。
未刊行の写本『西洋事情』は、平山さんによれば、刊行2年前の元治元(1864) 年にできあがっており、江戸の各藩実学派によって次々と書写され、来るべき 日本の国の形はどうあるべきかを考えるための手引書としても読まれるように なった。
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