「もう一度関東大地震が襲来するはず」
2011-04-03


 「銀座アルプス」という一文が『寺田寅彦随筆集』第四巻(岩波文庫)にあ る。 昭和8(1933)年2月の『中央公論』に書いたもので、銀座についての 幼時からのいろいろな思い出が綴られている。 「銀座アルプス」は、デパー トなどの高いビルを指し、その前年に日本橋白木屋の火事があったこともあっ て、最後にこんな警鐘が鳴らされている。

 「もし自然の歴史が繰り返すとすれば二十世紀の終わりか二十一世紀の初め ごろまでにはもう一度関東大地震が襲来するはずである。その時に銀座の運命 はどうなるか。その時の用心は今から心がけなければ間に合わない。困った事 にはそのころの東京市民はもう大地震のことなどきれいに忘れてしまっていて、 大地震が来た時の災害を助長するようなあらゆる危険な施設を累積しているこ とであろう。それを監督して非常に備えるのが地震国日本の為政者の重大な義 務の一つでなければならない。それにもかかわらず今日の政治をあずかってい る人たちで地震の事などを国の安危と結びつけて問題にする人はないようであ る。それで市民自身で今から充分の覚悟をきめなければせっかく築き上げた銀 座アルプスもいつかは再び焦土と鉄筋の骸骨の砂漠になるかもしれない。それ を予防する人柱の代わりに、今のうちに京橋と新橋との橋のたもとに一つずつ 碑石を建てて、その表面に掘り埋めた銅板に「ちょっと待て、大地震の用意は いいか」という意味のエピグラムを刻しておくといいかと思うが、その前を通 る人が皆円タクに乗っているのではこれもやはりなんの役にも立ちそうもない。 むしろ銀座アルプス連峰の頂上ごとにそういう碑銘を最も目につきやすいよう な形で備えたほうが有効であるかもしれない。人間と動物のちがいはあすの事 を考えるか考えないかというだけである。こういう世話をやくのもやはり大正 十二年の震火災を体験して来た現在の市民の義務ではないかと思うのである。」

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