芥川龍之介の「桃太郎」
2011-10-11


幸い近所の図書館に『芥川龍之介全集』(岩波書店)があったので、第11巻 (1996年)の「桃太郎」を読むことが出来た。 9頁ほどの短編である。 芥川 龍之介は「ひびのをしへ」を読んだのだろうか。 芥川の「桃太郎」は、こん な話になっている。

むかし、むかし、大むかし、或深い山の奥に大きい桃の木が一本あった。 こ の木は世界の夜明け以来、一万年に一度花を開き、一万年に一度実をつけてい た。 その大きな実は、不思議なことに、核(たね)のある処に美しい赤児を一 人ずつ、孕んでいた。 千年は地に落ちないはずの実が、或朝一羽の八咫鴉に よって谷川に落され、人間のいる国まで流れて、洗濯をしていたお婆さんに拾 われた。

桃から生れた桃太郎は鬼が島の征伐を思い立つ。 お爺さん、お婆さんのよ うに、山だの、川だの、畑だので、仕事をするのがいやだったからだ。 老人 夫婦もこの腕白者に愛想をつかしていたから、出陣の支度をし、兵糧の黍団子 も持たせた。 犬、猿、雉に黍団子を半分やって、家来にしたが、互いに喧嘩 するので骨を折った。

 鬼が島は、絶海の孤島だが、椰子が聳え、極楽鳥の囀る美しい天然の楽土だ った。 鬼は琴を弾いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、すこ ぶる安穏に暮していた。 牙の抜けた鬼のお婆さんは、孫の守りをしながら「お 前たち悪戯 (いたずら)をすると、人間の島へやってしまうよ」と、人間の恐ろ しさを話して聞かせていた。

 桃太郎は、こういう罪のない鬼に、建国以来の恐ろしさを与えた。 桃太郎 の号令の下、犬雉猿は逃げまわる鬼を追いかけ、犬は鬼の若者を噛み殺し、雉 は鬼の子供を突き殺し、猿は鬼の娘を絞め殺す前に、必ず凌辱をほしいままに した…。 あらゆる罪悪の行われた後、鬼の酋長は命をとりとめた数人の鬼と、 桃太郎の前に降参した。 命と引き換えに、鬼が島の宝物を一つ残らず献上す ること、酋長の子を人質に差し出すことを、約束させる。

鬼の酋長は、恐る恐る桃太郎に質問した。 「わたしどもは、あなた様にど ういう無礼を致した為に、御征伐を受けたのか、とんと合点が参りませぬ。そ の無礼の次第をお明し下さる訳には参りますまいか?」 征伐したいと志した 故だ、まだわからないといえば、皆殺しにしてしまうぞ、と桃太郎。

 宝物を持って故郷に凱旋した桃太郎だったが、必ずしも幸福に一生を送った わけではない。 人質に取った鬼の子供は、一人前になると、番人の雉を噛み 殺した上、鬼が島へ逐電した。 鬼が島に生き残った鬼は、時々海を渡って来 ては、桃太郎の館に火をつけたり、桃太郎の寝首を掻こうとした。 何でも猿 の殺されたのは、人違いだったらしい。 鬼が島の磯では、美しい熱帯の月明 りを浴びた鬼の若者が五六人、鬼が島の独立を計画する為、椰子の実に爆弾を 仕込んでいた。

[福沢]
[文芸]

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