NHK・BSプレミアムの「週刊ブックレビュー」、17日が最終回だった。 ま ことに残念である。 1991年4月の放送開始から20年、けっこう見ていて、 この番組で知り、短信で紹介した本も何冊かある。 歴代の司会者では、如月 小春、児玉清、星野知子、三舩優子、そして最後まで務めた藤沢周、中江有里 の皆さんが印象に残っている。 この本は、1月28日放送の第947号で、幸 田文の孫、青木奈緒さんが薦めていた。
伊藤氏貴著『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち』(小学館)、「伝 説の灘校国語教師・橋本武の流儀」。 昭和9年、開校間もない神戸の私立灘 中学校・高等学校に赴任した橋本武さん(100)は、50年間教壇に立ち続けた。 「エチさん」はエチオピア皇太子似から付いたあだ名。 戦後、教科書を使わ ず、中勘助の岩波文庫『銀の匙』一冊だけを3年間かけて読み込む、型破りの 授業を始める。 「一学年200人・一教科一担任の6年一貫繰り上がり制」と いう灘校独特のシステムが、それを可能にした。
『銀の匙』前篇の十三節、主人公が駄菓子屋へ行く場面。 橋本武先生は、 ニャッとして皆に小袋を配る。 いろいろな駄菓子が出てくる。 生徒が自分 から興味を起して入り込んでいくためには、「主人公になりきって読んで行くこ と」が大事だと、授業はしばしば脱線する。 「わからないことは全くない」 領域まで、一冊を徹底的に味わい尽す「遅読(スロウ・リーディング)」「味読」。 『銀の匙』には、日本の年中行事や細かな季節の移ろいを感じられるものが、 たくさん出て来る。 凧揚げの話が出れば、美術教師に頼んで、「一日凧職人」 の「総合学習」だ。 どんな凧をつくるか、骨から作る材料や形・絵柄も、す べてが自由。 そして、凧揚げ大会だ。 「丑紅」という言葉から、寒の丑の 日に売る紅で、口中の荒れを防ぐという意味をプリントで解説し、「十二支」「十 干」、干支の話に脱線していく。 「丑紅」から身近な「甲子園球場」に広がっ た話は、12歳の知的好奇心を刺激する。 毎回配られるガリ版刷りのプリント に、節ごとの「内容」をまとめ、「鑑賞」に自分が美しいと思った文章を書き抜 き、「短文練習」する。 一年分をまとめて、索引をつくり、製本した『銀の匙』 研究ノートは、エチ先生の教え子たち一人一人の宝物だ。 エチ教室が幾多の 俊英を産んだ実例も紹介されている。
私は、転校後もプリントを送ってもらい、72歳で送った中勘助論に、97歳 の先生から三重丸をもらった楫西雄介さんの挿話が好きだ。 横道への脱線ば かりの雑学読書と短信・小人閑居日記の生活に、花丸をもらったようで、嬉し くなった。
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