隅田川馬石の「四段目」
2016-12-31


 隅田川馬石は2007年に五街道佐助から真打になって四代目を襲名したから、 五街道雲助の弟子だ。 雲助のところは、桃月庵白酒や蜃気楼龍玉と珍奇な名 前ばかりだが、いい弟子が育っている。

 江戸時代の娯楽といえば、寄席と芝居と始めた。 寄席の客は旦那連中、高 座には蝋燭が二本立っていて、火鉢に鉄瓶がかかっている。 噺家が白湯を飲 む。 お芝居は昼から通しで、こちらは老若男女の客。 店の小僧も、用で外 に出ると、息抜きをする、だが度が過ぎてはいけない。 番頭さんや、貞吉は 遅いね、朝早くから使いに行って、もう日が暮れる。 芝居を観ているに違い ない、みっちり小言をいうから、戻ったら奥へ来るように言って下さい。 ま あまあと間に入るのは、よして下さいよ。

 番頭さん、只今帰りました。 遅いじゃないか、奥へ行って謝って来い。 朝 から、ご膳を食べてません。 先に謝って来い。 貞吉か、入りなさい、なぜ 遅くなったか、言い訳をしなさい。 いろいろあったんです。 伊勢屋さんに 使いに行ったんだろう。 伊勢屋さんは、蔵の大掃除をしておりまして、私も お手伝いをして遅くなりました。 先方で何かおっしゃっていなかったか。 旦 那様によろしく、近々伺うからと。 おかしいな、伊勢屋さんはさっきまで、 ここにいたんだ。 途中で、おっ母さんに会いまして、お父っつあんが中気で 寝たきりになったんで、お百度を踏むと申しますので、一緒にお百度を踏んで おりました。 いつから、寝たきりになったんだ? 去年の暮。 おかしいな、 年始に見えて、貞吉をよろしくお願いしますと言ったのは、誰なんだ。 あれ は、家に古くから住みついている、おっ母さんの連れ合いで。 貞吉のお父っ つあんじゃないか。

 芝居を観ていたな。 芝居は観てません、芝居は嫌いです。 店の者は皆、 貞吉は芝居が好きだと言っているぞ。 みんなで私の足を引っ張るんです、出 世を妬んで。 何が出世だ。 芝居なんか、大っ嫌いです。 ちょうどよかっ た、明日、店のみんなで総見するんだが、だれが留守番するか困っていた。 留 守番をしておくれ。 忠臣蔵の通しだ、いい席が取れた。 奉公の身の上、お 供致します。 いいや、留守番しておくれ。 お向こうの佐平さんが芝居を見 て来て、「忠臣蔵」の「五段目」、猪の前足が団十郎、後足を菊五郎がやるんだ そうだ。 旦那は担がれているんです、あれは一人でやるんです、今まで、あ たい観ていたんですから。 やっぱり、芝居を観てたんだな。 やかんに、図 られた。 蔵の中で頭を冷やしなさい。 ご膳を頂かして下さい、腹ペコで。  駄目だ。

 アッ、お清どん、おなかペコペコなんだ、おむすびでも何でもいい、持っ て来て。 アカンベェ。 今度、重い物、持ってやらないぞ。 最後の一幕が いけなかったんだ。 「四段目」判官切腹の場、デーーン、デーーン、検視の 二人石堂右馬之丞と薬師寺治郎左衛門、石堂は優しい、薬師寺は赤面、判官は 下に白装束を着ていた。 大星力弥、今生のお別れだ、下から見上げてイヤイ ヤをする。 デーーン、「力弥、力弥、由良助はまだか」 「いまだ参上仕りま せぬ」 九寸五分を右手に持つと、口を利いてはいけない。 「力弥、力弥」  「いまだ参上仕りませぬ」 「今生にて会えず、残念かと伝えよ」 腹を切 ったところで、ようやく国家老の到着。 「御前ッ」 「由良助かぁー」 「は はぁー」 「待ちかねたぁー」

おなか、空いたなぁー、ご膳、ご膳ッ。 そんなに芝居観んのが、いけない のか。 おまんま、食べないと、死んじゃうぞ。 おまんま食わせずに小僧が 死ぬと、お店の評判落ちるぞ、泣き面かくぞ。 ウソです、旦那様。


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[落語]

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