入船亭扇辰の「雪とん」前半
2017-02-04


 扇辰は、深く一礼して、ずいぶん若くなりましたね…、出演者が、と言う。  私がそっち側にいた頃は、年寄りばかりだった。 今日は、特に若い、最年長 は市馬だが、五十代半ば。 昼間は、暖かかった。 小一時間散歩したんだけ れど、なんでこんな日に「雪とん」出したかって思った。 でも夜は寒くなる、 12時には0度近くになるそうで、寄り道はせずにお帰りを。 インフルエンザ が流行っている。 弟子が子供を連れてきて、可愛いんだが、いやな咳をして る。 2歳にならないくらいで可愛い、手づかみの食いかけを、私にくれる。  断るわけにいかないんで、カカアに食わしましたけれど。

 四百四病というけれど、昔からもう一つ、恋の病、恋患いというのがある。  娘さんが、何かのきっかけで、男に惚れる。 色っぽいものだったそうですね。  島田の髷ががっくり落ちて、後れ毛が真っ白い肌にかかる。 若くなくっちゃ あいけない、黒い肌に白い毛はいけない。

 小網町の船宿の二階で、昔世話になった田舎のお大尽の若旦那、庄之助がや っかいになっている。 どうなさったんです若旦那、せっかくの江戸見物だと いうのに、ひっこんでばかりで。 おらは、もう駄目だ、ものが食えなくなっ たら、お終いだ。 ご飯は? たったの八杯。 大福餅を三十ばかり、買って こさせたそうじゃないですか。 二つだけ残した。 お体に悪い、医者に行か れたらどうです。 おらの病いは、お医者様でも草津の湯でもという病いで。  ことによると恋患い、人は見かけによらないもので、お見それしました、相手 はどなたで? おかみさんも、よく知っている。 三日前、太った女中が付い て、この前を通った、あのお嬢さん。 本町二丁目の糸屋のお嬢さんです、本 町小町と言われている、ご無理だと思いますよ、ねぇー。 せめて、やさしい 言葉の一つでもかけて、盃の一つでも、もらえれば…。 そうでなければ、井 戸に身を投げて、おっ死(ち)ぬべえかと。 私、口を利いてあげましょう。  あの女中のお清が食わせ者で。

 ああ、おかみさん! すまなかったねえ、わざわざ来てもらって、困ったこ とが出来たんだよ、お前さんに一肌脱いでもらいたい。 家の二階にいる若旦 那が、お嬢さんに、これこれでねえ。 お嬢さん、ほんのねんねでしてねえ。  やさしい言葉の一つでもかけて、盃の一つでも、もらえればというんで、お前 さんの口利きでなんとか。 と、小粒で二両差し出す。 いけませんよ、おか みさん、ひっこめて下さい……、そうですか、せっかくですから頂いておきま しょう。 善は急げ、今晩四つ、裏の三尺の切戸をポンポンと叩いて下さい、 私が離れにご案内しますから。 私はお金で動くような女じゃございませんが、 おかみさんたってのお願いなので。

 暮六つ、ちらちらと降り出した雪が、だんだんと積もってきた。 若旦那、 開けますよ、すっかり雪が積もっちゃいました。 昔、深草の少将は小野小町 の所に百夜通い、満願の日が雪になり、雪に埋まって凍死したという、おらも 雪でおっ死(ち)んでも本望だ。 おかみさん、支度ができたよ。 襦袢が二 枚、胴着も二枚、すっかり厚着をし、頭巾に蓑。 足駄を出しておきました。 本町二丁目の角ですよ、裏の三尺の切戸をポンポンと叩いて下さい、そこから 先は、あなたの腕ですから。 行って参ります。 若旦那、番傘担いで出かけ た。

[落語]

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