春風亭一朝の「三方一両損」
2017-06-08


 一応やります、と定番をやって、江戸っ子のお噂、と。 師匠の柳朝、これ ぞ江戸っ子という人で、たいへんうるさかった。 鼻濁音を、使えと。 何々 グワッ、と言わなきゃあならない。 今、何時? 何時何分というと、引っ叩 かれた。 なにか言う事ができない。 前座が34、5人いて、この秋、二ッ目 になると言われていた。 何年になる? 三年やってるんです、15、6番目で す。 じゃあ、来年だな。 平気で言う。 東北、仕事終わって呑みに行く。  うらぶれたバーで、カウンターしかない。 ビールを呑む、素敵なマスター。  いくら? 俺達は追われている身で。 訳の分かんない人間だから。

 <江戸っ子は皐月の鯉の吹き流し、口先ばかりはらわたはなし>。 竹を割っ たような性格、江戸っ子の塩辛はつくれない。 俺は江戸っ子だ、義理とふん どしは欠かしたことがない、とケツをまくると、ふんどしをしていなかった。  <江戸っ子の生まれぞこない、金を貯め>。

 金を全部使って、さっぱりしたら、柳原で財布を拾っちゃった。 財布を落 とすなんて、間抜けな野郎だ、三両の金と書付と印形、神田小柳町の大工吉五 郎か、届けてやろう。 大工の吉五郎の家は? 何だ、煙草買うんじゃないの か、米屋の横入って、骨ッ障子のはまった家だ。 煙草屋に、ケムにまかれた。  欄間から、ケムが出てる、火熾しているのかな。 障子に穴開けて覗いてやれ、 鰯、焼いてやがる。 鰯の塩焼きで一杯か、しみったれたことすんねえ。 何 言ってんだ、開けて入れ。 開けずに入れるのは、風か、幽霊か、すかしっ屁 だ。 何だ、人間か。 神田白壁町、左官の金太郎だ。 これ、落したろ、持 って来てやったから、受け取れ。 金を落して、さっぱりした気持になって、 せっかく一杯やっていたところだ、書付と印形はもらっとく、財布と三両は持 ってけ。 持ってかなきゃ、張り倒すぞ。 やれるもんなら、やってみろ。 ほ んとに殴ったな、バカバカ、と大喧嘩になる。

 大家さん、吉公の所で今日三度目の喧嘩だ、止めてくれ。 棚から物が落ち る。 私は、この界隈の家守(やもり)だ。 家守か、ゲジゲジみたいな顔を して。 吉公前へ出ろ、お前が悪い、シャケの一本も持って礼に行くのが筋、 人の道だ。 このくそったれ大家、晦日にはきちんきちんと店賃は払ってる、 長屋の雪隠でくそたれてやっているんだ。 汚え啖呵だ。 大家の俺がお奉行 所に訴え出て、この吉五郎にきちんと謝らせるから、あんた、今日のところは 引き取っておくれでないか。

 お婆さん、ごらんよ、金太郎が通るよ。 鬢(びん)の先が垂れてる、着物 の前をはだけて…。 いったい、どうしたんだ。 喧嘩か、偉い、偉い、若い 時分には俺も喧嘩を探して歩いたもんだ。 婆さん、布団を出せ。 神田小柳 町、乙な所だ。 かがみ女に、反り男、ってんで、そっくり返って歩いていて、 九段の坂で、後ろにひっくり返った。 草鞋の紐が、足に引っかかったんだ。  何、拾った財布を届けに行った? 婆さん、布団を仕舞いな。 相手の拳固を、 オデコで受けて、鰯を三匹踏みつぶした。 大家が出て来て、人の道だといっ たら、そいつの切った啖呵に、胸がスッとした。 何て、言ったんだ。 何だ、 このくそったれ大家、晦日にはきちんきちんと店賃は払ってる、長屋の雪隠で くそたれてやっているんだ、ってんだ。

 お前の大家の、ワシの顔はどう立てる。 ワシが願書を書いてやるから、奉 行所にかっこめ。 茶漬か? 駆け込むんだ。


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[落語]

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