『「文明論之概略」を読む』を読む〔昔、書いた福沢23〕
2017-11-14


 ちょっと話をしてくれと言われ、このところ、しばらく福沢諭吉のことを考 えていなければならなかった。 それで少し間の空いた〔昔、書いた福沢〕シ リーズをはさませてもらうことにする。

  等々力短信 第381号 1986(昭和61)年2月5日

          『「文明論之概略」を読む』を読む

 今年の朝日賞の記事を読んで、うれしかったのは、キャメラマンの宮川一夫 さんが受賞したからだけではなかった。 丸山真男さんも、「日本政治思想史研 究における多大な業績」によって、朝日賞を受けた。 丸山さんの『日本の思 想』(岩波新書)が出たのは、私が学生の頃だ。 この本の与えた衝撃の大きさ を、よく覚えている。 その丸山さんが「福沢いかれ派」を自称して、福沢諭 吉研究をライフワークの一つにしていることを知ったのは、それよりずっと後 のことだった。 慶應の塾外にあって、甲南大学の伊藤正雄さん亡き今、丸山 さんは福沢諭吉の大きな味方である。

 去年の五月、福沢諭吉協会で、丸山さんの「福沢における『惑溺』」という講 演を聴いた。 「惑溺(わくでき)」という言葉は、福沢の思想形成期の著作に、 しばしば使われている言葉なのだそうだが、福沢著作や、福沢が依拠した外国 文献への、丸山さんの、読み込みの詳密なのには、恐れ入ってしまった。 正 直なところ、この講演、半分もわからなかった。 その席で、岩波書店の関係 者から、丸山さんの福沢研究について、その初期の論文集と、『文明論之概略』 読書会講義録の、二つの出版計画の話が出た。

 そんなわけで、こんど岩波新書から出た、『「文明論之概略」を読む 上』を、 さっそく、読んだ。 この本には、文庫本の『文明論之概略』のどこの箇所を 朗読せよ、という指定があり、それについての、丸山さんの講義がついている。  この一週間ほど、毎晩、文庫本の朗読と、新書の解説を読むことを、くりかえ し、なにやら、ゼミナールの教室にでもいるような、充実感を味わうことがで きた。 まだ上中下の内、上巻だけ、『概略』全十章のうち三章までだから、大 きなことは言えないけれど……。

 丸山さんは、福沢の「命題」という言葉をしばしば使う。 「文明とは人の 身を安楽にして心を高尚にするを云ふなり。」 ただ、衣食などの物質的な安楽 だけが文明ではない、もしそうなら人間は、蟻や蜜蜂と同じだ。 人間の外的 条件の発展と、内面生活(人間の品位と福沢はいう)の進歩、この両方が伴う のが文明だ。 「この人の安楽と品位とを得せしむるものは人間の智徳なるが 故に、文明とは結局、人の智徳の進歩と云ふて可なり。」

 この「命題」だけで、今なぜ『文明論之概略』か、の答になるのだろう。

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