柳家小満んの「鉄拐」前半
2018-06-05


 なかなか、前座の柳亭市坊がめくりに出てこない。 下座の演奏が始まり、 ずっと続いているのに、まだ出てこない。 珍事、出来(しゅったい)だ。 前 座がどっかに行っているということはないだろう、小満んの支度が遅れている のか。 前の二人の噺が短くて、終わるのが早すぎたのか。 やがて下座が止 み、ようやく、市坊がお茶を持って現れ、座布団を返して、めくりも返した。  出囃子が始まり、小満んが、何事もなかったかのように、登場した。

 私のところは「鉄拐」、仙人の噺で。 仙人といえば久米仙人、空を飛べるよ うになったけれど、川の瀬で衣を洗う若い姐さんの白い脛(はぎ)を見て、落 伍した。 愛すべき仙人だ。 中国にも、いろいろいる。 中国は何でも大袈 裟、白髪三千丈という国だ。 酒飲みに、李白、杜甫。 杜甫は「飲中八仙歌」 に李白さんを出し、「李白一斗詩百篇 長安市上海家に眠る 天子呼び来たれど 船に上がらず 自ら称す臣は是れ酒中の仙と」。 李白の「山中両人(ゆうじん) と対酌す」には、「一杯一杯 復(また)一杯」という小気味いいフレーズがあ る。 この相手は陶淵明、酒好き、花の咲いている山中で、朝から飲んでいて、 「我酔うて眠らん欲す 卿且く(しばらく)去れ 明朝意有らば 琴を抱いて 来たれ」という絶句がある。 陶淵明と李白とでは、三百年ほど時代が違うけ れど、詩の中では会える、風流のいいところ。

 北京、南京通り18番地の上海屋唐左衛門、9月半ばの店の創業記念日に毎年、 顧客や友人知人を集めてご馳走し、演芸を見せるのを吉例にしていた。 一流 芸人を探して来いと言われる、番頭の利兵衛がいつも苦労する。 旅支度をし て、南京、上海、蘇州、景徳鎮、重慶、ミャンマー、ネパール、パキスタン、 アフガニスタンと危険な所も回って、金に糸目は付けない。

 山また山の、深山幽谷を、徘徊していると、夜明けに妙な所に出た。 8月 なのに、涼風が吹き、小鳥が啼いて、桃の花が咲いている。 セ州大善寺とい う寺の前、汚い形(なり)の爺さんがいる。 ボロ買いか、道を聞こう。 ニ イハオ! よく来られたな、大蛇、猛虎が、途中にいただろう。 ここは仙界、 仙境だ。 あなたは、仙人さんで? 鉄拐だ。 お名前は存じております、八 大仙人のお一人。 仙術を心得ておる。 どんな術で? 一身分体の術、息の 中から、もう一人の鉄拐を出す。 奇怪なことで…、いつおやりになるんで。  俺が退屈した時、やる。 見せて下さいませんか。 前世のご縁だ、やってや ろう。 口から煙のようなものを出すと、その中から、もう一人の鉄拐が現れ て、山の上へ。 大統領! 親玉! アパッチ、嘘をつかない、だろう。 し まうぞ、というと口の中へ。 恐れ入りました。 実は私、上海屋唐左衛門の 番頭で、主人が毎年お人寄せをする。 一座敷、おいくらで、来ていただけま すか。 仙人の中の仙人と見込んで、お願いいたします。 一度吹いてやるか、 二度とはやらぬ。 スイートルームをご用意致します、美味しい料理も。 質 素な所がいい、物置小屋でいい。 里へ行くのは、久しいな。 杖につかまっ て、目をつぶれ。 フワーーッと、飛んだ。 目を開けろ。 見慣れた町内、 この店です。 利兵衛、只今戻りました。

 物置小屋はいい、炭俵に寄っかかって落ち着くな。 軽いお食事を、焼きビ ーフンでも? 椎の実がいい。

[落語]

コメント(全0件)
コメントをする


記事を書く
powered by ASAHIネット