桂米團治の「たちぎれ線香」中
2018-08-31


 番頭、ご機嫌さん。 若旦那、蔵からお出ましを、百日が経ちました。 も う、百日経ったか、最初の内は日の暮れるのが長くてなあ、これでは二年ぐら いかかるかと思ったよ。 いろんなことが見えてきて、蔵っていいなあ、もう 百日も入ろうか。 お店に出て、お商売をして頂きます。 ひと月ぐらいで、 親旦那さんが倅も骨身にこたえてるやろから、ぼちぼち出してやったらと申さ れました。 私もよっぽど、そうでんなあと、ここ(口)まで出かかったんで すが、今日まで辛抱させてもらいました。 私もほんまに、嬉しゅうございま す。 若旦那が蔵にお入りになった翌日、手紙が届きまして、それが二通、四 通、八通、十六通、三十二通、六十四通と、部屋一ついるかというほど仰山に なりましたが、八十日目でぴたりと止みました。 恋は恋でも、金、持ってこ いという所で。 遊びで行く所で、本気で通う所じゃない。 もう、行かない よ。 一番上にあるのを、ご覧(ろう)じろ、一番終いに来た手紙です。 開 けて見ると、字も乱れて、この状、ご覧に相成り候上からは、即刻の御こしこ れなき節には、今生にてはお目にかかれまじく候、かしく。 釣針のようなか しくで客をつり、という川柳もございますが…。

 蔵に居る間に、天満の天神様に願掛けをしていたので、まず、お礼参りに行 って来たい。 それはご自由の身ですから、どうぞ、これは財布、お賽銭、丁 稚を一人付けます。 ご両親がお待ちですから、お早いお帰りを。

 すぐに丁稚をまいてしまうと、南へ南へ。 紀ノ庄の置屋へ、こんちは! お 仲、下にどなたか。 ご機嫌さん、私(わたい)や。 まっ、若旦那さんで、 ちょっと待っとおくなはれ。 下に、若旦那が、来はった。

 若旦那さん……。 ご機嫌さん、みな達者か、変わりはないか、ちょっと事 情があって、長いことよう来なんだんや。 今日はじきに帰らんならんのやが、 一目だけ、小糸に会わしてくれ。 お座敷か、お稽古か。 いえ、どこにも行 ってません、小糸、家にいます。 どうぞ、上がって、会うてやっておくれや す。 何や、これ、位牌やないか、げんの悪い、釈尼(しゃくのあま)秀芳院 ……、俗名小糸、俗、名…、小糸、死んだん、なんで死んだんや、誰が殺した!  大きな声を出しなはんな、誰が殺したやなんていうたら、若旦那、あんたが殺 したと言いとなりまっせ。 何でや。

[落語]

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