出世する、故郷に錦を飾る、アメリカンドリームとか、大きな旗を上げる方がいる。 旦那様、竹次郎様という方がお出でですが、ご存知ですか。 弟だ、オラが弟だ、こっちゃ呼べ。 久しいのう! 兄さ、無沙汰してます。 便りのないのは、いい便りだ。 頼み事があって、参りました。 オラのこと、使っちゃあくれねえか、奉公させてくれねえか。 どうした? 何があった? 兄さは江戸に出る時、父っつあんの田地田畑を半分くれたのに、オラは悪い仲間と付き合って、茶屋酒を覚え、人手にわたってしまった。 奉公して銭を貯め、父っつあんの田地田畑を取り返したい。 竹、奉公するということはな、稼いだ金は店のものだ、御主人のものだ。 百両稼いでも、一分もお前のものでない。 自分で、商売をやれ、元はいくらでも貸してやる。 ほんとかね。 おう、ちょっと待てや。 待たしたな、これに元が入っている、無駄遣いするな。 有難ね。 竹や、身体、気を付けてよ。
村の衆は、兄さのこと、よく言わねえ、江戸で店に行っても茶一つ出さない、と。 いくら、貸してくれたのかな。 三文だ。 落としたわけでねえ。 三文べえで、何ができる。 村の衆の言う通りだ。 二束三文という、こだな銭! 待てよ、地べた這っても、三文の銭は出て来ない。 兄さ、見返してやろう。
米屋の前を通ると、小僧が俵(たわら)をつぶしている。 サンドラボッチをもらい、ほどいて、緡(さし)をこさえる。 緡を売ると六文になり、さらに十二文、二十四文となった。 四十八文になると、米俵を買い、草鞋(わらじ)をこしらえる。 それを商売の元手にして、アサリ、シジミを売って歩く。 納豆を仕入れ、豆腐、生揚げ、がんもどきを売る。 夜は、鍋焼きうどんや、そばを売り、泥棒の提灯持ちもやった。
夢は五臓の疲れという。 十年で蔵前に店を構えて、竹次郎は主人となった。 お加減はいかがで。 番頭さん、一両べえ、包んでくれないか。 せめて、三両は手土産に、暖簾にかかわります。 そうか、暖簾があるかね、別に三文包んでくれ。 お光、伯父様のところへ行ってくるで。 番頭さん、土蔵の鼠穴は、目塗りをしておいてくれよ。 いってらっしゃい! いってらっしゃい! 大勢の奉公人に送られて、竹次郎は出かけた。
旦那様、竹次郎さんがみえました。 久しいのう。 無沙汰してやす。 十年前、兄さに借りた商売の元を返しに来ました。 ここにある。 三文、間違いない。 手土産代わり、これで好きなものを食べてもらいたい。 竹よ、えけえもんだね。 十年で、三文が、三両の利子付けて、帰ってきた。 おらんとこ、恨んでるべえな、竹。 あの時のお前に、いくら貸しても無駄だった。 竹よ、すまなかったな。 たった一人の弟に、三文ばかりの銭、鬼かもしれん兄貴を許してくれ。 兄さ、ありがとうねえ。 三文、叩きつけることだけを考えて、生きてきた。 ありがとね。 もう、ええな、すぐ支度してくれ。 兄弟は、盃を重ね、話は尽きることがない。
おら、これで帰えるべえ、今度は子供を連れてくるから。 今晩は、ここさ泊まって行け、蒲団出して。 おら、土蔵の鼠穴が心配で、火事になったらと。 そうだなこと、心配ぶつことはない、お前んとこが、丸焼けになったら、この身代をお前にくれてやる。 泊ってけ、二人でゆっくり話をしよう。
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