文治さん、一番の褒め言葉は「陽気」、悪くいえば「うるさい」。 お聞き苦しい、歌い手にあるまじき声で、二三日前、急に声が出なくなり、ふだんの鶯が砂糖を舐めたような声でなく、今輔のおばあさんのような声になった。 「二番煎じ」はとても無理なので、別の噺を、借りは後日返すので、声の悪いのは顔の良いところで勘弁して頂いて……。
髪結の亭主を持つおアさん。 草履を揃えて上がってきたらどうなんだ。 三日にあげずに夫婦喧嘩だ。 初めから、よした方がいいって止めたのに、お百度を踏むから、仲人をしたんだ。 その夜から、もう喧嘩だ。 私は夜も仕事があるから、食事の用意をしてくれと言いつけて、出たんです。 「言いつけて」か、そのへんなんだよ。 姉さんが手に怪我して、大事なお得意さんの仕事、何とか代わりにやってくれないか、と言われたんです。 そのお店で、おかみさんと、癖っ毛の娘さんの髪を、何とか結いつけて帰ったんです。 夕方と言っていたのが、七時過ぎになった。 すると、あん畜生が、どこで遊んできやがったんだ、なんてぬかすんで、誰のおかげで毎日昼間から遊んでいられるのかって、言ったんです。 おかめ! ふざけるな、ひょっとこ! 般若! 外道!
お前、何が言いたいんだ? 旦那にはさんざんお世話になったけれど、愛想もこそも尽き果てた、別れさせてもらいたい。 本来なら取りなすところだろうが、しかし、取りなしたくない。 あいつは、嫌いなんだ。 三、四日前、お前の家の前を通りかかった。 どうぞ、お上がりをてんで、上がった。 お膳を片付けたんだが、刺身が一人前誂えてあって、銚子が一本載っていた。 辛抱することはない、お別れ、お別れ、一刻も早くお別れ。 それはそうですけど、お刺身を百人前誂えたんじゃない、お酒も一升、二升じゃない。 昼間は一人で寂しいんです。 旦那、じれったい、私は八つも年上で、男盛りは長い、若い女と仲良くなっても、こっちはおばあちゃんになって、食いついてやろうにも、歯が抜けて土手ばかりになって、土手で噛んでも痛くない。 聞いてないよ、そんなこと。 私は、十年も一緒にいて、あの人の料簡がわからない、料簡を知りたいだけなんです。
おアさん、唐土(もろこし)、中国に孔子という学者がいた。 上は松本、いい男でしょう、役者の高麗屋。 幸四郎じゃなくて、孔子、役者でなくて学者だ。 町から離れた所に住んで、役所へ馬に乗って通っていた。 二頭いて、白馬がお好きだった。 ウチのも、好きです、冬は温ったまるって。 それはどぶろくだ。 ご主人の留守に、厩から火事になって、厩が焼け落ち、馬は焼け死んだ。 ご主人が帰り、家来ども一同怪我がなかったか、よかったなあと、そのほかのことは何もおっしゃらなかった。 論語という本に「厩焚けたり。子、朝より退く。曰く、人を傷えるかと。馬を問わず」と、書いてある。
正反対の話がある。 麹町にさる殿様がいた。 猿が殿様なら、家来も猿でしょう。 ある時、客を招いて食事というので、奥様が殿様の大切にしている瀬戸物の皿を用意した。 ウチの人も、汚い茶碗を大切にしていて、私には触らせない。 市で、一円六十銭出して買ったとか、黄色いキレに包んで、箱から出したり入れたりして、ニヤニヤしている。 麹町はそんな安いのじゃない、一つで何万円もする皿だ。 そんな大きな皿があるんですか。 お客も本物を見るのは初めてという皿だ。 片付けるのも奥様、一番最後に下の座敷の違い棚に仕舞おうとして、階段で落ちて、ダ、ダ、ダッと、尻餅をついた。 殿様、瀬戸物は大丈夫か、壊れてはいないか、と息もつかずに三十六ぺんも、聞いた。 よかった、気を付けておくれ、と。 しばらくして、奥様がいなくなった。 仲人が来て、ご離縁を、と言って来た。 物に夢中になっていると、他が見えなくなる。 麹町の話だ。
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