9月1日のEテレ「100分de名著」『福翁自伝』の第1回は、「カラリと晴れた独立精神」だった。 解説は、斎藤孝明治大学文学部教授(教育学者)。 『福翁自伝』はトップクラスに面白い、まず、時代が幕末から明治という激動の時代、率直で嫌味がない。 口述筆記、喋ったのに手を入れた、そのバランスがいい。 硬軟取り混ぜた、最高の言文一致。
中津の少年時代。 「門閥制度は親の敵で御座る」 古い因習の社会に、「ノー」を突き付けている。 その怒りが、後年の自由平等思想につながる。 上士と下士の差から、解放されたいというエネルギーで、外に飛び出す。 その語り口は、精神を表している。 『増訂 華英通語』で、Vをヴで表したように、既存のものが無ければ、生み出せばいい、と。
藩主の名を書いた紙を踏んで叱られ、神棚の御札を踏み、何でもないので、少し怖かったが、さらに手洗場(ちょうずば、便所)で踏み、お稲荷さんの御神体の石を取り換えておく。 子供ながらも、精神をカラリとして、生まれつきの合理主義。 「仮説、実験、検証」の実証科学のプロセスを踏む、合理主義・科学主義が初めからあった。 権威に対して、疑いを持っている。 上から押し込めていく圧力に対して、「それをなくしても大丈夫なのでは」という実験をやり続けた人生。
拝領の御紋服の羽織より、金の方がよい、一両三分あれば、原書を買う、酒を飲む。 「カラリ」とカタカナで書いているので、湿度が低い。 日々変わる「心」でなく、「精神」という安定したもの。 学問も、ユーモアもある。
「喜怒色に顕さず」の「精神」を、練習して、手に入れた。 格言→心の技→精神。 他人の価値観に左右されない。 自分は、ここにいるんだ。 「独立自尊」。
「浮世のことは軽く視る」 中津の時代から成年になるまで、「莫逆の友(親友)」はいない。 他人に傷つけられない。 少年時代から、確固たる存在。
『福翁自伝』の少年時代からは、「カラリ」とした精神的独立を学べればよい。 幕末明治初期の時代と、超グローバル社会の今とは、よく似ている時代だ。 福沢諭吉は、明るく、ポジティブ、アクティブに生きていくロールモデルだ。
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