文春文庫の銀座百点編『おしゃべりな銀座』だが、47人の作家・俳優・映画監督・アーティストらが、銀座のとっておきの思い出を『銀座百点』に書いたエッセイをまとめている。 昭和16(1941)年生まれの私から見ると、『銀座百点』に書く人もずいぶん若くなった、知らない人が多いな、というのが第一印象だった。(以下、敬称略) 戦前生まれは5人だけで、宗左近(1919−2006)、堀威夫(1932)、岡田茉莉子(1933)、中川李枝子(1935−2024)、金子國義(1936−2015)、しかもご健在なのは2人だけである。
1940年代は、等々力短信に引いた金井美恵子(1947)のみで、私より若い。 50年代は15人、井上夢人(1950)、森村泰昌(51)、岩松了(52)、田中芳樹(52)、隈研吾(54)、佐藤雅彦(54)、保坂和志(56)、都築響一(56)、白井晃(57)、菅啓次郎(58)、南條竹則(58)、有栖川有栖(59)、植松伸夫(59)、小池昌代(59)、湯本香樹実(59)。
1960年代は、15人。 1970年代は、8人。 1980年代は3人、似鳥鶏(81)、藤野可織(80)、朝吹真理子(84)。
『おしゃべりな銀座』を読んで、まず感じるのは、小説家が文学賞や新人賞を受賞して、最初に編集者に連れて行かれるのが「銀座」だということだ。 かつて文藝春秋社があったり、文士の通う文壇バーがあったり(今もあるのか)、朝吹真理子が吉田健一のお化けがカウンターに座っていそうだと書いている小料理屋があるからなのだろう。
ノンフィクション作家の高野秀行(1966年生まれ)は、2013年夏『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞を受賞した。 ちょっと無頼派をきどっていて、それより前、同業の妻が、小学館ノンフィクション大賞を受けた東京會舘での授賞式には、ジーンズにTシャツ、ビーサン(ビーチサンダル)で、ミャンマーの反政府ゲリラ「カチン独立軍」にもらった迷彩ジャケットを羽織って出かけた。 それを妻に、あの時は「ファッションの墓場」、今は「墓場の門の前」と言われる。 本人の授賞式は、どうしたものか。 妻は、「いい年して公共の場で斜に構えるほど格好悪いものはない」という。 たしかに、もう四十代後半だ。 かといって、スーツの一着も持っていない。
困り果てて友人で、作家の内澤旬子さんに相談した。 すると、男気があり、出版界のお洒落番長とも呼ばれている内澤さんは、「あたしに任せなさい!」と力強く言い放ち、銀座へ連れて行った。 腕を引っ張るようにして、有楽町の阪急メンズ館に行き、まずダンヒルでスーツを試着。 ダンヒルってライターメーカーなのにスーツもつくっているのかと、これは冗談でなく驚いた。 「これは修行だ」と自分に言い聞かせ、心頭滅却すればメンズ館もまた涼し。 メンズ館の店をはしごしながら、まるで着せ替え人形のように、ただただ渡された服を着たり脱いだりして、時が過ぎるのを待っていた。
二時間後、魔窟のようなメンズ館を脱出したと思ったら、今度は入口に仁王像みたいに背の高い男二人が立ちふさがっている店に入っていく。 バーニーズ・ニューヨーク、内澤さんと親しい、雑誌「クロワッサン」の編集者の方が、「コンシェルジュ」を予約してくれているという。 現れたカモダさんというコンシェルジュの人は、スゴ腕だった。 ネットで前もって調べ、身長・体重などのデータをいっさい知らせていないのに、画像などからサイズを推測、また講談社ノンフィクション賞の歴代の受賞者や授賞式の雰囲気まで調べて、私たちが到着したときには、もう候補のスーツ数着を用意していた。
着てみると、これがどれも体にピッタリ。 「うわっ高野さんが急にかっこよくなった!」と内澤さんやクロワッサンの人も驚くほど。 さすがファッションの中心地・銀座のプロである。 墓場近辺の住人ですら、あっという間に高級マンションに移住させてしまう。
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