日本人の生活と品性の特性
2005-05-26


NHKスペシャル『明治』の第2集は「模倣と独創―外国人が見た日本―」(4 月16日放送)。 短期間で急速な近代化を果たした明治の秘密を、当時日本を 訪れた外国人たちの記録から探る。 開国を迫ったアメリカのペリー提督は、 日本の技術力に気づき、近い将来、日本は工業発展分野で強力な競争相手にな るだろうと『遠征記』に書いた。 イギリスの公使オールコックは、貧しいな がらも平和な生活を楽しむ民衆を見て、こんな幸福で、暮らし向きのよい土地 はヨーロッパにない(『大君の都』)、オランダのカッテンディーケは、子供に 対する態度を見て、日本人は自分の子供に夢中で、叱ったり、罰したりするこ とは稀だとし、フランスのブスケは、時間にしばられず、自分の感性に従って 仕事をする職人たちに注目した(『日本見聞記』)。 イギリスの女性旅行家イ ザベラ・バードも、純朴で親切で礼儀正しくおだやかな日本の民衆に魅せられ た。 それぞれに平和で、のどかな日本の姿を記録し、それが急速な近代化に よって失われることを心配している。   

工業化を推し進めるために、明治20年までに延べ2千人のお雇い外国人が 来日した。 なかでも日本に土木技術を教えたイギリス人ヘンリー・ダイアー は、働きながら学位を取った努力家で、明治6年22歳で来日、工部大学校の 教頭となり、建築家の辰野金吾、アドレナリンを発見する高峰譲吉始め、沢山 の技術者を育てた。 「日本の学生は何でも本から学ぼうとし、はるかに大切 な観察と経験をおろそかにする傾向がある。工学に携わる人は、どんな立派な 理論を知っていても、知識だけの人になってはいけないし、またどんなに器用 でも、無知であってはならない」として、工部大学校の教育は6年の課程の内、 最後の2年を現場で経験を積むことにあてた。 ダイアーの愛弟子だった田邉 朔郎は、21歳の若さで琵琶湖の水を京都へ引く疎水工事の主任技師となり、日 本の実情に合わせた工夫や多くの独創性を盛り込んで、この難工事を明治22 年に完成させる。 疎水を利用した蹴上発電所は、日本初の商業用水力発電と なり、京都の電車や電灯、紡績工場など、近代化に貢献する。 帰国後も田邉 と交流を続けたダイアーは晩年『大日本』を著し、「日本人は自分たちの国をす ばらしいものにし、国民の生活を充実させるためには、西洋の科学と文明を利 用すべきだが、同時に、日本人の生活と品性の特性を持ち続け、その個性を失 わないようにすべきである。みずからの過去を忘れ、独自の特質とを棄ててし まうような国民には、真に偉大な国民となる資格がないし、またなれるもので はないのである」と書き、日本は「強大であるだけでなく、善良な国でもある ことを示してほしい」とその理想的繁栄の姿を描き、通商と工業でアジアを若 返らせることを望んだが、ダイアーの意に反して日本は軍事大国への道を歩ん でしまう。

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