「福澤諭吉の「女性論」「家族論」」をテーマとして、福澤諭吉協会の2005 年度読書会が10月29日と11月5日の二回、慶應義塾福澤研究センター助教 授の西澤直子さんを講師に、三田の研究室で開かれた。 西澤さんは、福沢の 女性論・家族論を、まず三つの時期に分け、福沢の著作以外の書簡や実際の活 動に、さらには読者の反響にも、留意しつつ検討を加えた。 三つの時期とは、 【1】西洋事情外編・中津留別之書から、明治10年頃まで:「一身の独立」、 【2】明治18,9年から20年代前半まで:「新しい「家」の確立=体系的女性論」、 【3】明治31年から亡くなるまで:「新女大学主義」。
【1】明治維新後の福沢の最大の関心は、「民」(新しい形の日本人)の創出で あった、と西澤さんはいう。 一身独立して一家独立、一家独立して一国独 立、天下独立という主張だ。 一身独立した「民」は、精神的に自立し、経 済的にも自立していなければならない。 「男も人なり女も人なり」(『学問 のすゝめ』第8編)、「民」には女性も含まれる。 一国を構成するのは独立 した男女でなければならない。 福沢にとって女性の地位を論じることは、 近代のあり方を論ずることであり、生涯の関心事となるのは当然だった。
「一身独立」のためには封建的な「家」の解体が重要な命題になる。 前 近代的な思惟体系を引きずる「家」では近代国家の支えとは成り得ない。 そ れでは近代国家としての日本の支えとなる新しい「家」はどのように形成され るのか。 明治3年に書かれた『中津留別之書』には、福沢が一生かかって考 えていたこと、その女性論・家族論の本質が凝縮されていると、西澤さんは指 摘する。 そこには「人倫の大本は夫婦なり」「夫婦別あり」「男といい女とい い、等しく天地間の一人にて軽重の別あるべき理なし」とある。 社会を構成 する核は一夫一婦である夫婦であり、女性も「一身独立」し、男性と対等な立 場で「一家独立」を確立すべき存在だというのだ。 そして男が持っている自 由や権利は、女性も持っている、とする。
そして福沢は、女性の地位を向上し「民」として成長させるための活動を行 う。 (1)著述活動…『学問のすゝめ』、『かたわ娘』、『明六雑誌』男女同数論な ど、(2)学校教育…女学所設立(明治6年10月11日付九鬼隆義宛書簡)、(3)経済 的自立の支援…授産所としての慶應義塾衣服仕立局設立(明治5年8月)、姉今 泉たうの産科開業の段取り。
セコメントをする