柳亭市馬の「妾馬」前半
2018-07-06


 士農工商の一番上、庶民が口をきくことなんてない殿様、上には上の苦労が あって、跡目がないと問題だ。 男の子が要る、やむを得ず側女をとって、何 とかしようとする。 大変でしょう、家来のため、家族のために。 殿様が町 中で見初めたお鶴さんに、一人の兄がいる。 間に入った大家さん、婆さん、 まだか、八五郎は? 建具屋の二階でとぐろをまいてる。 ちょうど目の出て るところなので、戸棚に隠れたが、お袋が上がって来た。 八五郎は? いな いよ、ここには。 与太郎が、いませんよ、戸棚の中にもいませんよ。 大家 が呼んでる、早く来いって。 チンタナの催促だろう。

 大家さん、店賃ですか。 そうじゃない。 あきらめましたか。 妹のお鶴 だ、大変なことになったぞ。 何か持って逃げた? 御世取を産んだ。 因果 だねえー、鳥を産んだんで? 名前はお鶴だけれど。 いいや、次の殿様のおっ 母さんになる。 お呼びだ、お屋敷に行って来い。 大名でしょ、付き合いに くくてね。 うまくいけば、士分に取り立てられる。 士分? 侍だ。 無礼 者なんて言って、面白くねえ野郎を、たたっ斬れるのか。 誰かいるのか? ま ず大家。 悪くても、御目録頂戴だな。 御目録? 金だ、一本は下らないだ ろう。 一分? 百両、小判が百枚だ。 ほうぼうの借金を払うよ。 店賃も 払うよ、溜っているから。 大家さん、じゃなくて、大家! まだ、払ってい ねえ。

 紋付、袴はあるか。 よくねえやつならある。 大家さんの後ろの箪笥の抽 斗の下から三段目にある。 こないだ、留守に開けて見た。 衿元(えりもと) を合わせろよ。 袴のつけようはわかるか。 なかなか立派なものだ。 お屋 敷は知っているな? 丸ノ内の赤井御門守様だ。 お屋敷に行ったら、お広敷 へ通ります、田中三太夫様にお目にかかります、って言うんだ。 うめえこと、 ぶっくらわせるから。 言葉は丁寧にしなくちゃあいけない、頭に「お」をつ けて、しまいには「ござる」「たてまつる」をつけるんだ。 おっ、たてまつる、 だな、わかった。 おっ母さんに、その恰好を見せてやれ。 草履を貸して、 三日前に下駄が割れた。 足袋も…、文数は大家さんと同じだ。 おっ母さん、 見てくれ、これだよ、行って来るよ。

 丸ノ内だ。 こんちは、どーも。 ちょいと、ごめんなすって。 大将のレ コが、俺の妹なんだ。 オフロシキはどこ? 御広敷か。 知ってるんじゃな いか、おじさん。 田中三太夫って人は? 当家のご重役である。 お広敷は、 この指の先だ。 爪、垢? その先を左手に折れると、御馬場があって、柳の 木がある。 その前に井戸があって、お化けが出るんだろ。 その前が御広敷 である。

 ここかな、こんちはー。 まっぴらごめんねえ。 ちわーー、あーー、おっ たてまつるよーー。 誰だ? あーた、田中三太夫って人、殿様? 違うよ。  姓名は? 五尺二寸。 名前だ。 あっしは八五郎。 チョウロゲと申すか。  チョウロゲなんてだらしない名前じゃない、日本人の名前で八五郎。 お鶴の 方様、お兄御様は、ご貴殿か。 ご貴殿だよ。 身に付いて、ご同道願いたい。  ここでやりますか、堂々巡り。 一緒に来るのが、同道。 帰ることを、ハイ ハイ。 こちらだ、こちらだ。 親方、草履は懐に入れるのか。 そこへ脱い で置けばよい。 盗られないかな、大家さんに借りてきたんだ。

[落語]

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