柳亭市馬の「妾馬」後半
2018-07-07


 八五郎殿でござるか、当家の家臣田中三太夫である。 あなたが、三ちゃん。  このお廊下を曲がる、左へ、右へ、左へ曲がる。 帰りがわからなくなる、柱 の所に小便でもかけるか。 付いて参れ。 広いね、家賃はいくら位で? つ まらぬことを考えるな。 桐に桜松か、ゆんべ、これが一枚来ればなあ。 御 前(ごぜん)間近である。 殿様が間近だ、頭を下げろ、手をついて。 急に 恐くなるんだな。

 正面の襖がスーーッと開いて、殿様以下ずらりと並んでいる。 よう参った、 余は赤井御門守である、そちの妹鶴は安産をいたした。 世取であるによって、 余は満足である。 その方も喜ばしきことであろう、どうじゃ? 亡者? 即 答を打(ぶ)て、即答を打て。 打っていいのかい。 打て。 じゃあ、打つ (三太夫の顔を打つ)。 これ、ぶんなぐってはいかん。 ソッポを打て、ソッ ポを打て、というもんだから。 間違いだ、三太夫、許してやれ。 符牒で言 うな。 痛かったぞ。 今、ハーーア、と息をかけてやるから。

お答えを申し上げろ。 頭を上げていいか。 おこんちはで、おったてまつ る。 わたくしことはお八五郎さまと申したてまつる。 今日、お大家さまが お呼びたてまつりましてね、妹のお鶴がお子をおひり出した、お前はおいでた てまつらなければいけない。 いくらかになるぞなんと申しまして、えー、そ ういうわけで参りましたわけでござりたてまつる。 三太夫、あの者は何を申 しておるのか、余にはさっぱりわからん、本日は無礼講だ、朋友に申すように 話せ。 ホウユウって、何? 友だちに申すようでよいと仰せだ。 友達に喋 る調子でいいんで、苦労人だね、殿様は。 じゃあ、殿様、ざっくばらんに、 妹の鶴がお子をおひり出して、よかったな、と思います。 大家が、どんなし みったれた大名でも百両は出すってんで。 うるせえね、お宅の爺さん。 よ くこんなもの飼っとくね。

その方はササは食べるか。 あっしも、ずいぶん貧乏しているが、そこまで は落ちぶれていない。 わからん奴である、酒は飲むか。 酒かい、浴びるほ うだ。 膳部の仕度をいたせ。 こんなに沢山、食いきれないよ、これが一人 前かい、止めて下せえ、姐ちゃん。 殿様、お互い、見栄の張りっこはやめよ うよ、フトコロは苦しいんだ。

 すきっ腹だから奴、いい気持になった。 べたべたしたいい酒だ。 三太夫 さん、一緒にどう。 不調法で。 切れない包丁みたいなこと言って。 悪い ね、御婆さんのお酌で。 御婆さん!?当家のご老女である。 ご老女、どう 見たって御婆さんだ。 みんな、しゃべればわかるんだ。 わかんないのは、 お前さんだけだよ。 殿様、すみませんね、手ぶらで来ちゃって、今度は鯊の 佃煮かなんか持って来ますから。 妹が世話になった上に、こんなご馳走にな って。

 あれ、鶴っぺだ。 兄さん、探していたんだ、どっかにいるんだろうと思っ て。 きれいになりやがって、お神楽の装束みたいなのを着やがって。 男の 子だってね、安産でなによりだ。 おしめの洗い手がいるだろう、お袋を寄越 すよ。 皆さんが、やってくれるのか。 出世を鼻にかけちゃあいけないよ。  お袋が、初孫だ、初孫だって、長屋中、踊り回っているんだ。 一遍でいいか ら、赤ん坊を抱いてみたいって、家の三畳の隅で泣いてるんだ。 身分が違う から、抱くこともできないって。 殿様、家の年寄をここに呼んでもらいたい。  赤ん坊の顔、いっぺん拝ましてやってくださいよ。 座りションベンして、馬 鹿になっちゃうかもしれないが…。


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[落語]

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