歌武蔵は朱色の羽織と着物、「只今の協議について、ご説明いたします」と始めた。 大相撲にスカウトされ、三重ノ海と輪島が取りっこをしたが、武蔵川部屋に入った。 3380グラムで生まれ、親父が春日野部屋の幕下の力士だった。 親父はソップ型で、明武谷、霧島、若島津のタイプ。 私はアンコ型、遺伝、DNAか、娘は2歳9ヶ月だが、15キロ。 初めての子で、大きいか小さいかわからなかったが、2歳クラスの中では、背が高い。 よく食います、それも血なんでしょう。
蚤の夫婦というのがある。 婆さんや、隣の喜ィさんは小さいね、喜ィさんの着物をつくる反物で、羽織も暖簾も出来る。 喜ィさんは、まだ帰らない、さっきからここにいますよ。 火鉢の横、新聞紙の上の篭の中に。 髪床の親方、口が悪い。 大男、総身に知恵が回りかね。 小男は、みんな知恵でも高が知れ。 酒屋の小僧に、川ッ縁を通るな、強い風に吹かれて落ちると、メダカに食われるって。
昔、相撲好きの殿様、変わった取組が見たいと言う。 東の大関、雷電為右衛門と、小さい力士を探し、大坂の在、岩島の鍬形、四尺六寸を取り組ませたい、と。 断るかと思った鍬形が、断らないで、来た。 江戸に来ると鍬形、身体に油を塗っては乾かし、油を塗っては乾かしを、繰り返す。 番傘じゃないけれど、下ごしらえ。
雷電対鍬形の当日、あまりの大きさの違いに、大歓声。 だが、立ち合いがなかなか合わない。 雷電がつっかけると、鍬形がよいしょ、待ったする。 待ったが、87たびや。 双方、しびれが切れるだろう。 雷電、目をつぶって、待った。 887回目、雷電が目を開けると、鍬形がいない。 剣が峰に下がって、両手を広げて待っている。 雷電は、立って近寄り、肩口に手をかけると、ツルリ! ツルリ! 天婦羅と、相撲を取っているようだ。 鍬形は、雷電の後ろにまわって、尻をコチョコチョっとくすぐった。 振り向いた雷電の体が崩れたところを、鍬形が突いたら、雷電は土俵を割った。 雷電が負けた!
こんな相撲はない。 雷電が手を嗅ぐと、油の臭いがした。 支度部屋で、怒鳴ったが、その頃はもう鍬形は、箱根の山を越えていた。
翌月の暮方、鍬形の家に雷電がいた。 子供がたくさんいる、当時、子供が一人できると、相撲をやめていた。 兄弟分の盃を交わしてもらいたい。 鍬形は喜んだ、田舎相撲だが弟と思って、よろしくお願いします。 雷電も、勝負に負けた兄貴を、よろしくお願いしますと、頭を下げた。
あっぱれだ! いいなあ! ここによく相撲が来ますね。 親方に手紙を書いてもらいたい。 私は、二代目鍬形になる。 行く場所は、横網だから、忘れないように。 立派な戸だな、よいしょっと。 こんちは、ごめんください。 福井町の彦兵衛さんから手紙です。 坊っちゃん、飴玉か、せんべいはいかが。 大人なんで。 ひねてるな。 縁側まで届かないので、下駄に座る。 弟子入りの頼み状か。 二代目鍬形になる。
稽古場に、案内する。 弟子の、竿だけ、豚ばら、だ。 新弟子だ。 うかうかするな、踏みつぶされる。 稽古は、命懸けだ。 耳が腫れる、鼻血は横なぐり、目玉が飛び出るから、砂を払って、押し込む。
子供を、稽古場に連れてくるな。 新弟子だ。 回しを持ってきたか。 それは、越中ふんどしだ。 回しを貸してやれ。 帰ったら、かみさんに買って来させる。 所帯持ちか、失礼した。 跨いで、付けるんだ、回しが長い、半分でいい。 グルグル、グルグル、人間心棒の独楽のようだ。 じゃあ、そっちから来い。 よいしょ、待ったを88たびやる。 いいから、かかって来い。 痛イッ! お関取の頭。 今のは、膝頭だ。 座って、取ろうか。 ぶつかって来い。 一、二、三、よいしょ! ブーーン! 独楽のように回して、手の上に乗せる。 右の手の上から、左の手の上へ。 目が回る。 稽古は、目が回る。 明日は、彦兵衛さんも見に来るそうだ。
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